今日も気分で景観を考えてます!
by hayashi_kentarou
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大大阪という時代
【↓印度ビルディング内部。】
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連休中日は、京都駅のイノダコーヒでカツサンドをほおばる、ウマッ!
新快速に飛び乗って、大阪に戻り、堺筋界隈へ。
三越の裏の、印度ビルディングという近代建築で行われたイベントを見学。



【↓内部写真。
  京都帰りで、デジカメのメモリ不足のため、思いのほかシャッター切れず】
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【↓建物外観。1Fは喫茶店。2~3Fは放置されていたそう。
 室外機や、フード(っていうのかな?)、自動販売機が無ければ、いいのに】
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はてさて、大大阪(ダイオオサカ)という時代をご存知か?
配布資料にもらった新聞記事のコピーから引用してみます。
大正14年び第二次市域拡張で、
大阪市の人口は東京市(当時)を
抜いて日本一の大都市となり、
「大大阪」と呼ばれるようになった。
大阪の近代化が急速に進み、都市基盤が完成した時代。
準備期間も含む大正中ごろから昭和初期にかけて、
豊かな経済力を背景に多くのモダンな近代建築が誕生した。

(産経新聞 夕刊より
  イベントの配布資料であったため、日付不明)


ほーん、知らんかったですね、ホンマ。
東京よりも人口がおった時代。
何気に中ノ島の公会堂も大阪の豪商の寄付で出来ていたりするという
お話を聞いたことがある。
当時の市民の意識は高かったし、
今とは違ってお金持ちだったんだなと思ったりして。

そういった時代があったのだということを思い、大阪市民も持ち直さねばと
思うきっかけになる(かもしれない)という意味で、
文化遺産といえるかもしれませんね、印度ビルディング。

はてさて、この日行われた、座談会では橋爪紳也さんや
最近、
大阪界隈でリノベーション建築家として有名な
アート&クラフトの中谷ノボルさんがいらして、
面白おかしく大大阪を語ったんですね。

「大大阪って言うのは、ロンドンの市域拡張計画の
Greater Londonからとった」
(自身の事務所を大大阪の雰囲気にしてくれと中谷氏に発注した橋爪氏)

「コンバージョンの意味をちょっと拡張したい
流通していない物件を市場に再び流すということの意義をもっと言いたい」
(大大阪を橋爪氏の口から聞いたのが大大阪との出会いだった中谷氏)

「目も当てられなくなった、古い建物が、だからこそ持っている
管理のゆるさという部分にこそ、人が入り込んでいくスキマを感じる。」
(近代建築のディテール(タイルとかレンガ、窓枠とか)フェチの
                  大阪歴史博物館の学芸員の酒井一光氏)

「多様なライフスタイルに敏感な層が生まれてきている
今こそ価値の伝播を積極的に行うことが出来、
コレによってストックの活用の可能性が広がっている、
また、そういった事例が身近に増えてきていることを実感している。」
(イカス古いビルに学生に斡旋して
             空き部屋を埋めた大阪大学講師の岡絵理子氏)

と、それぞれの口から出る出る、面白い話。

その後
このビルの地下室で戦災を乗り越えた経験を、
ビルを建設した方の孫に当たる方や
その後の人手に渡ったこのビルの一室に間借りしていた夫妻の
孫に当たる方が当時の生活について語られた、
なんだか、全く関係の無い僕まで、ジーンとしてくるいい場面であった。

マダマダ、掘れば出てくるような気がしてやまない。
ちょうど、人も建物も入れ替わる時期に来ているのかもしれない。
そういった、ちょっといい話を発見したり
伝播したり、建物を使い続けていくお手伝いをしたり
価値観を広げていくということが出来そうな気がした、イベントなのでした。
【↓座談会の様子(カブリツキの席でした。)】
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by hayashi_kentarou | 2005-03-24 01:56 | 景観
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