今日も気分で景観を考えてます!
by hayashi_kentarou
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関連会社(-千島土地.名村造船.中山製鉄所-)
更新が滞って参りました、申し訳ありません。
製図のエスキスなどが控えておりまして、忙しいんです
                          (↑言い訳=生き恥)
【↓周辺の工場。鉄骨を仮組みしていました。
スカイライン、カッケェー!こんなん設計で出したら怒られるんだろう・・・。
シーランチ・コンドミニアム(1)(2)のように美しいけど、文脈が違いすぎ】
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会場は千島土地の土地に、
名村造船所が借地していた現在は千島土地管理の造船所跡地で
対岸に見えるのは中山製鉄所であります。(参照下さい

さぁ、沿革ですよ、まずは名村造船の跡地について。

創業は1911年(明治44年)、初めは大阪工場で
造船などをおこなっていた模様。
1972年(昭和47年)は転換点の年
最大排水量の船が竣工した年であり
佐賀県伊万里に新工場の建設を決定した年でもある。
1974年(昭和49年)伊万里工場竣工(建設ドッグ完成)
1979年(昭和54年)に大阪工場から撤退。
参照
維持費のかかるクレーンなどは名村造船が廃棄し、
既存の工場は放置することで合意し、現在に至る。
(シンポジウムでそう言ってました)

次に現在、工場跡地管理をしている千島土地。
会社としての設立の前に、地主としての芝川家の成立あたりから

1852年(嘉永5)に心斎橋で唐小物商を開業した芝川又右衛門は
住友、鴻池家に次ぐ大阪でも有数の財を持つ商人で
1878年(明治11)に現工場跡地周辺の土地を購入
その後、他の土地で果樹園を合資で運営した後
1912年(明治45)に千島土地を設立。
鉄道会社へと土地の譲渡や、木材会社への土地貸借
私立大学等への土地譲渡などの業務をへて、
現在は北加賀屋周辺などでの
オフィス・商業ビルなどの賃貸・不動産業を行っている。
参照
工場跡地には、専務がプライベートバーやスタジオを建設し
ハームパーティーなどで使用中。
(シンポジウムで言ってました)

最後に、対岸に見える工場、中山製鉄所に関して
1919年(大正8)兵庫県尼崎に於いて中山悦治個人経営で
日本初期の亜鉛鉄板製造工場を設立
1923年(大正12) (株)中山悦治商店(資本金(50万円)を設立
本社を大阪市におく
1924年(大正13) 丸釘製造開始
1929年 (昭和4) 現船町工場に於いて大阪市唯一の薄板工場を設立同時に尼崎の亜鉛めっき工場設備を移設
1933年(昭和8) 製鋼工場第1号平炉操業開始
1934年(昭和9)(株)中山悦治商店を(株)中山製鋼所と商号改称
その後、現敷地に次々と設備拡張のために工場を増築
(素人目に全然分からないけど、技術革新→増築
ここのところは、工場の風景の変遷できちんと調べたいですね)

現在も1929年当時と同じ場所にて操業中!
しかし、数年後には役目を終えるのではないかと考えられる
(と、シンポジウムで言ってました。)
参照
そんな感じで
どの会社も1910年代に、会社として成立しております。
んで、最近は少し元気がない様子。
造船業は栄えていたのはどうも70年代くらいまでのようで
製鉄業も、最近では韓国の安い材が市場をにぎわしているそうな
(なんかの授業で聞きました)
不動産業も、周辺を蓄木場として土地を貸していて以前は潤っていたが
最近は外国材が海外で加工されて日本に入ってくるために
日本の港周辺に木材を蓄えておく必要がなくなったため
契約の打ち切られ、経営の転換が図られているそうです
(シンポジウムでそう言ってました。)

歴史はこんな感じで勘弁ください・・・・・。
(増築による工場景観の変遷は追いかけたい←ワガママ)
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by hayashi_kentarou | 2004-10-06 20:58 | 景観
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